わずかだったが、それでも大切と言えたあの時間。
ほのぼのした田舎町でアヤカシと少女の日常物語。
個性豊かなアヤカシたち。
トモリが大好きな龍神(ただし、心の内だけで接するときはクール)
可愛らしい河童、木霊、田の神の眷族狐、一反木綿、天狗たち。。。
ユーデモニクス(Eudaemonics) ─四千年の泡沫で君ヲ想フ─ 外伝
二〇〇三年から二〇〇九年までの、少女とアヤカシのお話。
冒頭より引用
二〇〇三年、夏。栃木県殺生石付近──
悠々とした雲、青空はどこまでも伸びていた。碧の山々が連なり、見渡す限り田んぼが広がっている。セミの鳴き声だけが響くような田舎街。そこにひと際大きな日本家屋があった。
とある事情により三年ほど前に立て直した家は、日本古来の伝統をしっかりと受け継がれた造りをしていた。室内と屋外をつなぐ土間玄関。畳に襖ふすまは当然として、縁側も設置されている。中庭には小さな池と、竹林と風流な趣が目立つ。
そこに住んでいるのは、人と《アヤカシ》と呼ばれる者たち。《神》とも《妖怪》とも呼ばれる存在──
夏の強い日差しを防ごうと縁側に、簾すだれがかけられているのが見える。
そして縁側では、少女と《アヤカシ》たちが和気藹々わきあいあいと、並んでスイカを食べている姿があった。
「わー、わー、スイカ、甘い」
饅頭まんじゅう程の大きさの綿わたが、むらがってはスイカを器用に食べている。その綿は透けており、朝露あさつゆのように瑞々みずみずしい。彼らは木漏れ日を好む《森の神の眷族》──木霊こだまだ。
「今年のスイカは、豊作らしい?」
「《田の神》喜んでた、らしい?」
「らしい」
額に朱色の紋様、そして三本の尻尾がある狐たちは、三角に切ったスイカを前足でもって上品に食べていた。
「これ、主あるじよ。食べるならば、慌てずに食べぬか。咽むせるぞ」
式神のダミ声が大きかったのか、近くにいた蝉がどこかに飛んで行ってしまった。無理もない。少女の影から二メートルを超える紅の鎧武者が突如、現れたのだ。その気配だけで逃げもするだろう。
しかし不穏当な空気になることはなかった。
「ふぁあい」
少女は元気よく笑顔で式神に返事をした。
彼女は《アヤカシ》が見える特異的な体質なのだ。
黒髪は肩程に長い。猫のように大きな目、色黒の肌で、人懐っこい顔をしている。歳は十一、二歳ごろだろう。
彼女の名は秋月燈(あきづきともり)。この家に住む、ただの人間だ。
「ござござー、ござる♪」
ぴょんぴょん飛び跳ねて、燈に語り掛けるモノがいた。雪だるまみたいな形をした木霊こだま。手足はあるが、思いのほか短い。他の《木霊》とは異なる。
「え、今日はお家で遊ぶの? 福寿ふくじゅは日向ぼっこ好きなのに珍しいね」
「ござござるー♪」
「黒い箱? ……あ、テレビに興味があるの?」
「ござる♪ ござーござござざ」
「そっか。式神が夜見ていたのが、楽しそうだったんだね」
福寿はコクコク、と頷いた。
少女の影から出てきた鎧武者は、その話を耳にしてビクリと反応を見せる。
「ぬ? お主……。映画が見たいのか」
「ござる!」
「式神、なんのえーが?」
「むう……。あまり子どもが見るものではないのだが、《バイオ〇ザード》と《28DAYS 〇ATER》というものでだな……」
非常に気まずそうに語る式神だったが、燈と福寿は目をキラキラと輝かせ──
「みたい!」
「ござる!」
(……そこはかとなく嫌な予感しかしないが、これも経験だな)